利用者:Neco

提供: ますとどんちほー図書館
2018年2月21日 (水) 06:14時点におけるNeco (トーク | 投稿記録)による版
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※まだまだ編集中につき、内容は随時変わる予定です。(現時点2018/02/21 日本時間15:13)

Necoとはますとどんちほーにてジャパリバス、その後ヒグマ、現在はバスナネコ・工作艦明石・稀に猫を轢く猫などを名乗るアカウントである。現在はでぃすこーどちほーちほーオフろっじなどのちほー系3大サーバのけものフレンズ系ディスコードサーバで管理者をやりつつ、とくに自身がサーバ管理者のでぃすこーどちほーとろっじではほかのけものフレンズコミュニティとの外交や接続を強め、独裁体制を布いている。

ジャパリバス時代

ジャパリバス、あるいはジャパリバスナネコ、ジャパリスナネコバスなど名乗る、絵文字解説とトーク専門要員。

おそらく2017年4月15日頃、JP鯖よりJP鯖管理者のぬるかるおにいちゃんついてきて移住。

例の顔の好きなフレンズ氏によって「やばい方のジャパリバス」とも呼称される。

多分名前とアイコンは今後もきっとちょいちょい変わる。

新規フレンズさん向けに突然歌い出す文化に驚かれないようにするテンプレや各種歌詞カード、ますとどんちほーがヤギ化している時にヤギに関する解説テンプレなどをCWでそっと出す傾向がある。

レモンの効用でヤギ化が初めて治ったフレンズでもある。

本人としてはフェネックにとても性格が似ている自覚がある。

そしてリアルの言葉遣いは「ですます調」なので、とても博士助手に親しみがある。

なぜジャパリバスなのか?

わからん、全然わからん。

比較的曜日や時間にかかわらず24時間のいつでも登場するために、あみめ氏k5(敬称略)によって、「いつねてるのか?」と疑問を提示された存在ではあるが、れっきとしたフレンズなのでSCPなどに収容しないでいただきたい、と考えている。

が、4月の後半に日曜日朝起きてから木曜日の午後まで貫徹して起きていると言うことがあったため。なんとも説得力が無い。

その後、ゴールデンウィーウ頃にヒグマと名前を改名する。

ヒグマ時代

ある時バスからけものフレンズのハンターでもあるヒグマ(基本形はなりきりのつもりらしい)になってしまった。

のは良いのだがなぜかアニメやアプリと関係の無い飛龍飯店の店主という設定も入り、中国茶や台湾、中華料理のことについて語るフレンズとなってしまった。

このことにより一部のジャパリバスに轢かれたがるフレンズにジャパリバスロスを巻き起こし、中には自らジャパリバスを運転し轢かれるというフレンズまで登場することになった。

また、本来のヒグマにはない謎の元軍人設定や、飛龍飯店の場所を示す裏設定までが付与された。

フルルとの親交により、フレンズをどう料理するかなどの知識を得てしまい、アライグマが食べられることなどを知り、新たな料理を創作することになる。

ますとどんちほーヒグマ裏設定

大戦中、大陸で某帝国陸軍航空戦隊の隊長として戦う。

終戦時、某国国民党捕虜となるも、そのまま国民党とともに国共内戦で戦う客将となり、鹵獲機を使ってのパイロット育成、戦術指導に当たる。

かつての祖国および敵国だったはずの政府からはそのまま国民党とともに戦うように命令を受け、

最終的には金門島攻防戦を戦い抜き、T海峡を死守する。

その後、大ドミニカぬるめに渡り大ドリドマ村にて飛龍飯店を開店する。

基本中華料理屋だが、大抵の料理は作ることが出来る。

訳あって、GW後に「魔の1週間」と呼ばれる深夜から明け方、午前中までなんらかのトラブルや事件が起きる時期を解決するために助力する側として過ごしたあと、なにも言わずフラッとちほーやその周辺から消えることになる。

そして、7月も終わるころにフラッと帰ってきた。

多くは語らないが、対外的な理由としては、「Elonaで遊んで」と言うことになっている。

帰ってきてからは、リカオン(まいちゃん)やキンシコウ(キンちゃん)とハンター組を名乗った。

ジャパリバスナネコ時代

2017年8月13日。

ある夏の暑い朝、スナネコはいつものように鼻歌を歌い砂を掘っていた。

砂の中からかつてサーバルやかばん、しゃべるラッキービーストと出会ったときに見たのとそっくりな、でも少し違う保存状態の良いジャパリバスを発見する。

「お!?」

スナネコは喜び勇んでそのバスに乗り込んだ、動かないバスの中に乗り込んでいたスナネコは、いつの間にか座席に一人まどろんでいた。

「ようこそ! ジャパリパークへ! あなたが行きたいところを教えてください」

沈黙していたはずのバスはそうスナネコに語りかけた。

「まだ行ってないところを見たいのです」

バスはゆっくりと走り出したのでした。

こうして、スナネコとジャパリバスの不思議な旅は始まったのです、でもそれは、夢か現実か、スナネコ本人も誰も知らないのです。

「でもまあ、騒ぐほどのことでもないか」

旅に出たは良いけど、スナネコは気ままに寝ます。

ひょっとしたら車窓には綺麗な景色があって知らないうちにとおりすぎているかも知れません。

出会えたなら楽しいはずのお友達にも出会ないのかも知れません。

それでも、起きているときの景色、たまたまであったお友達がいれば、きっとそれは宝物なのです。

だから、誰も、寝ているスナネコを起こさないでくださいね。

が、そのとき精神が相当に参っていたためにこの状態になったらしく。

3日ほど後にヒグマに戻ることとなった。

その期間中、anp氏が代わりにヒグマになっていた。

ヒグマ時代(第二期)

かねてより(4月終盤ごろ)より怖い怖い言われていたこともあり、バスからヒグマになったり、よりおとなしくしたり、影響力の行使は絶対にしない、目立たない、ちほー内で友人などを作らない、これまで撮り中の人の名前を絶対に言わない、影響力のある行動や発言をしない、など、ちほーやその周辺に極力コミットしない厳しい戒律で自分を律していたが、ちほーでの理解者からの言によって、「好き勝手生きる」宣言をして、オフ会に参加したり主催したり、友人を作り始めた。

結果としてリカオンやキンシコウとハンター組を作ったりすることになる。

復帰からしばらくして出来たどすこいかわうそルーム(Discordサーバー)に引きこもり、ヒグマ居酒屋、ホテルモスクワ、旅館「マヨヒガ」などを経営する。

それからいろいろあり、そこからわずかな期間(数時間後から1週間ほど)で、でぃすこーどちほーのサーバ管理人になっていたり、8/25からこっそりと用意していたろっじを立ち上げたり、9/11日にメンテボス氏の立ち上げたちほーオフサーバを一晩で整備したり結果的に一気に3サーバの管理者となり、現在ではかなり反省している。

10/15ごろに、一段落したので、本来の古巣である、どすこいかわうそルーム(Discordサーバー)にもどり、ヒグマカフェの経営のかたわら、ろっじでぃすこーどちほーちほーオフ、の3サーバの運営を行っている。

最近は落ち着いてきたので、だんだんヒグマカフェやろっじに引きこもっていく予定。

が、10/21 どすこいかわうそルーム(Discordサーバー)の体制が変更、これを機に張り合いが失せ、多くのサーバからぬけ、ますます引きこもりに拍車がかかっている。冬眠。

12/17 ろっじの全ルールをほぼ無効として、日本国の刑法以外は大体問われないサーバとする。

12/20 ちほーオフのマニュアルと仕組みをまた一日で魔改造。

12/22 でぃすこーどちほーの過去の全ルールを無効化。BANリスト削除。ぶっちゃけると3サーバすべてを特に規則のない老荘思想における「無治主義」の理想を実現した場とする。ぶっちゃけこれで特に事件もトラブルも起きてない。

バスナネコ or 工作艦明石時代(稀に猫を轢く猫)

かつてもう一つのインスタンスとして存在したますとどんちほーどうくつで、吸血スナネコ、もしくはアズールレーンの工作艦明石のアイコンを使い、2017年12月24日ごろより「バスナネコ」となる。

相変わらずジャパリバスを繰り出す。

2017年末頃よりちほー系から遠く離れた大規模なけものフレンズコミュニティの崩壊の兆しがあり、ちほー系ではない2サーバの代表とホットラインを開設の誘いがあり、参加する。

2018年1月1日 日本最大を名乗る1000人弱のサーバがユーザへの予告無しに消されるという事件が発生、けものフレンズコミュニティの代表ホットラインのさらなる拡大と、共有すべき情報レベルを提案、そしてこの頃からちほー外の各コミュニティへの参加や交流を促進させた結果……

2018年1月4日 でぃすこーどちほーが340人、ろっじが180人を超えてしまいますます巨大化の道を歩むことになる。こんなはずではなかった。

ヒグマ時代(第3期)

2018年1月8日 ころちゃんに「ヒグマなんでキモい語尾してるの?」と言われヒグマに戻る。

その正体は?

紀元前 なんか色々やってた気がしないでもない。その後、東方の三賢人とかサンジェルマン伯爵とか武内宿禰とかドラキュラ伯爵とか荒木飛呂彦と呼ばれた可能性がある。

1993年 大学在学にIT系出版のベンチャー企業にて編集とライティング、DTPでの作業をおこなう。

1995年 DTP系のサービスビューローに就職、フィルム製版、印画紙出力、簡易色校正のオペレーターになる。同時期に非電源系ゲームのイベントや同人誌を作るサークルと別に小説の同人誌を作るサークルを主宰。

1999年 バンプレスト系列のフィギュアやグッズの企画制作を行う会社で、企画・営業・イベント・広報・版権管理となる。ここで始めてコンテンツ系に関わることになった。ついでに盆と正月になんかでっかいベントのスタッフも始めた。

2000年 オールカラー漫画の漫画同人誌しか作らないサークルを立ち上げる、主なジャンルはラグナロクオンライン、TYPE-MOON、東方、リリカルなのはであった。2001年から2010年まで、常に壁サークル(1回だけニセ壁落ちした)となり、日本中や海外のイベントに精力的に参加する。

2002年 眼鏡キャラオンリー同人イベント、眼鏡時空の副主催者兼オールカラーカタログ制作者になってみたり。大きな音楽系同人の連合プロジェクト『夢神楽』に参加。

2004年 なんかこの年にブレイクしてその後メガヒットになったコンテンツの「作者に出来ること以外のすべて」を担当、アニメ化まで話を進めて、去る。

2006年 友人と起業、声優を起用した色々なCDを出しヒット作品を多く手がける。一部の作品はテレビなどでも取り上げられ、ちょっとしたブームとなった。

2008年 漫画家の相方と起業。

2009年 東方系同人サークル「アールグレイ」の発起時に手伝う。

2010年 自分が創業した会社を辞任、サークルも方針を変更し、「自分のオリジナル小説を頒布するだけのサークル」とするが、「これで壁配置になったら引退してやるよ!」と宣言。

2013年 本当に壁サークルになった、二言はないので、同人世界引退、ついでなので某スタッフも引退するが、後にこの部署にいたときの列の動かしかたが話題になって笑う。この頃、ソシャゲの起業で営業・広報・ユーザサポート・版権管理を行う。

2014年 この頃からコンサルタントとして独立竹書房系のアニメ委員会に参加している音響制作会社の手伝いと、香港のゲーム会社、アパレル起業を手がける。

2017年 けものフレンズを見たことでますとどんちほーに来てしまった。そもそもはMastodonもはやっていてJP鯖にいたことが大きい、ぬるかるおにいさん、さばんちゃんありがとう。そして、縁あって秋頃からKADOKAWAのコンテンツ『トリニティセブン』の原作者の会社で働く。ついでに同人サークル「アールグレイ」のお手伝いとして復帰。

2018年 ネットショップを作るために起業(予定)

関連項目

ヤギ

レモン

水のロック

ジャパリバス

轢くサーバルくらい選ばせてくれ

飛龍飯店

でぃすこーどちほー

ろっじ

ちほーオフ